21世紀の不平等条約
まるで歴史をフラッシュバックしているかのような錯覚に陥りそうな光景。
今日、外務委員会で可決したいわゆるグアム移転協定の成立を報じるニュースを見ながら、まるで幕末に欧米と次々と批准した不平等条約のようだと感じたのであります。幕末の不平等条約の成立は、日本の富を流出させるものであり、それを条約制定当時から憂えていた識者を江戸幕府は安政の大獄で排除しました。
しかし、欧米列強の押し迫る開国要求は、攘夷という憂国のナショナリズムと弱腰外交による幕政批判が尊皇という形に変わり、明治維新へと突き進んだわけであります。
そして不平等条約はその解消に向けて多大なる時間と労力を費やすこととなるのでした。他国の軍隊の、それも他国での基地建設に政府が国民の税金を費やすことに国民の批判を感じない現政権。また他国からの圧力に対して屈しただけでなく、無批判で受け入れたことにも憤りを感じます。
さらにこうした屈辱的な圧力を受け入れることが米国との友好関係を強固にし、さらにはそれをアピールすることで、政権浮揚の機会を得ようとするところは、まさに売国的な手法だけでなく、精神的に倒錯した国家ではないかと思うのであります。
それが吉田茂と河野一郎という敗戦後の独立をかけて奮闘した孫らによって独立ではなく従属を選択したところに歴史の皮肉を感じるのであります。
理不尽なことや筋道が通らないことには毅然とした態度で外務委員会を采配していた河野委員長には慎重な審議を期待していましたが、それは期待外れであったことが分かりました。
所詮は自民党だった、という一言につきます。
あとは歴史の判断でしょう。
とにかく政権交代後に試練が待っていそうです。